2017年2月5日日曜日

2月の彫金教室のお知らせと授業のお話

節分を過ぎ、陽射しが春めいてきました。
春の扉をもうそこに見えているのに、あと一歩・・・そう、受験生の方々やご家族は今が一番の踏ん張りどころでしょうか。

踏ん張りどころ、といえば彫金教室にもそんなところがありまして・・・
先日の教室でも、初めてハードワックスでの原型を作っておられる生徒さんが原型を磨いていると、目印につけたケガキの穴がなかなか消えない・・金属に鋳造する前にキチンと潰しておくのがセオリーなのですが「修正」というのが意外と難しい。針の穴なのに、それを埋める時に僅かな気泡が入ったり 上につけた溶かした余分なワックスを削るときに削りすぎたり、でイタチごっこになることも。
しかし金属になってからの修正の大変さを思うと、ここが踏ん張りどころ。
ルーペで見ながら4回のやり直しをしていただいて、美しい原型になりました。
やり直す→美しくなる→満足・・・と言葉にすると簡単ですが、実際は心が折れそうな場面もあります。でも、最終的に満足した品を作る喜びを感じてもらいたいと願うので、途中にアトリエ箱庭さんの美味しいお茶の時間を挟みつつ、和やかに真剣に教室の時間は流れていきます。

2月も第1、第3土曜日を予定しています。(13時~18時)
見学も受け付けておりますので、ご興味のある方はぜひ川べりの静かなアトリエにお越しください。

       



2017年1月4日水曜日

新春のお慶びを申し上げます。

2017年は穏やかな日和で幕開けしました。
旧年中、お世話になった方々、色々と心に留めて下さった方々に深く感謝するとともに、
皆さまにおいて良き一年でありますように。

北浜のアトリエ箱庭さんでの彫金教室は一月は7日、21日を予定しております。
じっくりと制作できる空間です。自分が思う「美しいもの」を求めて集中して作業する時間を
今年も引き続き、箱庭さんでご一緒できたら嬉しいです。
技術的なこと、デザイン的なことも個別対応して指導していきますので
ご興味のある方は まずは見学にいらしてください。体験レッスンも随時受付けております。

今年はBOCCAとしては じっくりと定番品に向き合おうと思います。
洗練された素朴さを求めて、美しいジュエリーを手にするときめきを求めて
制作に励みたいと思います。
どうぞ、本年もよろしくお願い申し上げます。
 


2016年12月21日水曜日

ムーン・リバー

12月21日・・・もうすぐクリスマスのこの時期、いつも心に流れる曲は 「ムーン・リバー」

先日、彫金教室で「クリスマスが近づくと切ないよね」という話をしていて「???」のリアクションをとられてしまったのだけど、皆さんはどうなのかしら。私はみんな切ないもんだと思っていたけど、違うのかなぁ。

「いやぁ、この年になるとあれやこれやとクリスマスにまつわる思い出が色々あってね・・」と言ったけど、今の風潮としては家族や友達でケーキと鍋をつつくささやかなイベントとしてのクリスマスで
あんまり思い入れがないみたい。

クリスマスは恋人と過ごす日、なんていう強迫観念がなくなって良かった・・と思う一方、やはりクリスマスキャロルと一緒に思い出す記憶のあれこれは貴重だったな、とも思う。

「ムーン・リバー」は私が19才の大学一年の冬、Tiffany&C.oでアルバイトをしていた時、一日中流れていたいた曲。クリスマスの季節、オープンハートとビーンズのペンダントはコマドリの卵色の箱と真っ白なリボンに括られて、どんどん恋人たちの元に巣立っていった。
私は半年にわたる恋の駆け引きに疲れ、恋愛から離脱して二か月あまり、10代最後のクリスマスも一人で過ごそうとしていた。
新しい恋の予感はあったものの、劇的な進展もなく毎日アルバイトで恋人たちのお手伝いをしていたのだ。

「ムーン・リバー」は映画「ティファニーで朝食を」の曲で、オードリー・ヘプバーンがシックなドレス姿で早朝のティファニー本店のウインドウを眺めながらパンを齧るオープニングが有名だ。
トルーマン・カポーティーの原作と映画ではエンディングが180度違うけど、私は両方好き。
美しいオードリー、シックなNY、真実の愛に目覚めるストーリー・・・憧れ一杯の映画。

ある日、いつものようにショーケースの上でジュエリーを包んでいたら、目の前に気になっていた彼が現れた。
京都に住む彼は大阪でアルバイトをしていた筈なのに、夕方にわざわざ途中下車して会いに来てくれたのだった。本当につまらない事を覚えているのだけど、甘茶色のざっくりとした草木染のセーターにマフラーを巻いただけの軽装で12月の街を歩く彼は、自分の気に入った品が見つかるまで絶対に妥協をしない人だったからお眼鏡にかなうコートが現れるまで寒さに耐える・・というそんな人だったのだ。鞄はアタッシュケースのようなアルミ製、そんな姿をこの曲と一緒にずっと思い出すなんて、つくづくBGMは罪なものだと思う。
男性から積極的なアプローチを受けたことがなかった私はかなり動転した。
でも、これから何かが始まる・・・という未来が明るく開ける予感が、クリスマス前の冬の匂いと彼のセーターの色味とムーン・リバーが三位一体となって記憶に刻み込まれた。

それから、出会いや別れがあり、クリスマスをすごした人との記憶はそれぞれあるけれど、やはりムーン・リバーを背負った彼の記憶は鮮明だ。

クリスマスが似合う空間にいた人と過ごしたイブも思い出深い。クリスマスプレゼントに図書館の香りがするキャンドルを用意して、アーケードを大きなカットケーキを下げて歩いた時も、この曲が流れていた。「あ、ムーン・リバー」と思わず呟いたことを覚えている。

クリスマスが切ないのは、もう二度と会うことのない人との暖かい記憶が蘇るから。
確かに生きた・・そんな実感。そしてその人たちは今、どこでどんなクリスマスをすごしているのだろうかと、遠く思いを馳せるからかもしれない。

このアルバムのムーン・リバーはオードリーの声にも似て好き。
the innocence mission/now the day is over



2016年12月11日日曜日

一緒にさよなら。

誰にでも忘れられない店があると思う。
その店に足を踏み入れた時、新鮮なときめきや未知の扉を開けた時のドキドキ感と同時に、自分にしっくりくる靴を見つけた時のような安堵感を覚えたら、そのお店は特別な存在になる。
それは、気になる異性と出会い恋に落ちるときとも似ている。

大阪の御堂筋にそびえる、かつては石作りの重厚な小学校跡地にできたそのビルに
私の好きが詰まったセレクトショップがある。
内装は目黒のアンティーク家具を扱う店が施工しており、什器、建具も全てヨーロッパの本物。天井も高くたっぷりした贅沢な空間に、洋服、靴、鞄、帽子、アクセサリー、キャンドル、石鹸、紅茶、アンティーク小物、インテリア小物などが、美しく、スッキリと配置されている。
窓からは御堂筋の銀杏並木が見え、古さと新しさが共存して溶け合う、居心地の良い店。

私が初めてその店を訪れたのは8年前。
フィレンツェの匂いがある内装に惹かれて、ドキドキしながら足を踏み入れた。

その店に出会う前、私は、好きな服を求めて色んなお店をクルクル回っていた。
「使える」か「使えない」か。それが一番の基準だった。
ジュエリーに映える服、それが第一条件。
もっと言えば、長い主婦生活と別れを告げて神戸の街に関わり出した時に、
「恥ずかしくない服」を求めた。
でも、どちらかと言えば定番的でこなれた印象の少ない恰好だったと思う。
本物のファッションフリークが身近にいて、一見、何でもないトレーナーにも
素材やカットに秘密があり、それをさり気なく着こなすことがカッコいいということを
知ってからも、なかなか自分に落とし込めるファッションを扱う店に出会えずにいた。

初めてそのお店で購入したのは黒い雨傘。
キリリと細身、持ち手も細い木製、真鍮の小さな環で止めるアンブレラ。
服を買うには敷居が高くて、ためらっていたけれども、傘ならば手にすることができた。
完璧な美しさの傘。

一度、購入すると度胸がついて、凝った布やボタンやポケットの仕様に19世紀の香りがする服や、変わったカットだけれども着てみると「なるほど!」と思う服などをどんどん試していった。
そのお店のスタッフさんは、皆さん素晴らしく、私が望むものや似合う物を提案して下さるのだ。
私は夜に訪れることが多かったけれど、広い店内をあれこれ試着させてもらいながら過ごしていると2時間くらいすぐたってしまう。
試着しながら、新しい自分の可能性や、ファッションから学ぶことが多く、お客さんでありながら、学生のようでもあった。

「好きな世界があること」「本当に心から好きな服を選ぶ贅沢」をその店で知って以来、
私のワードローブはだんだんと統一感が出てきて、お洒落がその人を一歩前に進める力があることを知った。
私が愛用しているエッジの効いたパンツ専門ブランド"TUKI"さんのアイテムを最初に勧めてくれたのはそのお店のスタッフUさん。
今まで着たことのないTUKIパンツは、オンナ度の低い「意思なくしては着こなせない」シルエット。
それを「Iさんはこれが似合うと思うんですよね」と言われて恐る恐る着て以来、何本も持っていて、そのパンツは私の一番の味方になった。

だんだん、私の体型が変化して似合う服が変わっても、そのお店で買った服はずっと生きている。
私の核心をついた「好き」を選んでいるからだと思う。
どの服も、買った時のことを思い出せる。
初めての個展を成功させるために選んだクラッシックなフィレンツェの織物のようなブラウス。
絶妙な薄さのガウンコート。
母の入院で病院通いが続き、疲れた時に選んだシルクに深紅の刺繍がしてあるスカーフに元気づけられた。
鮮やかなビリジャンのループが一杯ついたカシミアのスヌードは、ベージュにするか迷ったけれども、ビリジャンという攻めの選択に背中を押していただいた。

ひとつ一つに、こんなに思い出がある服選びをさせて頂いたこのお店が、一月の末に幕を閉じる。
この寂しさは、それこそ恋人と別れるときの切なさと同じだ。
恋人は、どこかで生きていてくれるだろうけれども、二人で作る時間は二度とない。
このお店で過ごしたようなファッションを楽しむ幸せな時間はもう二度と味わえないように思う。
そして、何もかもが新鮮で生まれ変わったように走り続けた第二の青春とも言うべき自分のひとつの時代も、幕を下ろすのだ。



2016年11月28日月曜日

ラヴェンダーの咲く庭で

          
齢をとると、諦めなきゃいけないことが増えてくると感じる。
ハイヒールを一日中履くこと、歯間ブラシを使わないと食事の後スッキリしないこと、徹夜はおろか睡眠不足なだけで次の日はアウト、黒い帽子も顔に影が射すから被らなくなったし、コンシーラーを使ってもシミは消えず、厚化粧になるかシミを隠すのを諦めるかというバランスを求められる。
先日、高校・大学時代の友人が集まったが、いきなり老眼鏡の品定めだ。
老化・・・人間という動物である以上、誰もが通る道とは知っていても、微妙に抗う50代だ。

映画「ラヴェンダーの咲く庭で」は切ない気持ちと同時に瑞々しく良い意味でも悪い意味でも変わらない人間の心模様を描いた良い作品だった。

ある海辺の田舎に住まう老姉妹が、海岸に打ち上げられた言葉が通じ合わない外国の若者を助けることから起こる急激な心の動き。
若者はポーランド人の音楽家で言葉は通じないが、老婦人たちと心を通わせていく。
妹の老婦人は一目見たときから恋心を若者に抱く。おそらく60代の彼女にとって初めての恋。
姉の方は、兵士だった夫がいたが若くして未亡人になった。しかし短い間とはいえ、愛する男性と生きた過去がある。そのことに、妹はこだわり続け、自分が手に入れられなかったキラキラしたもの、として心に封印をして暮らしていたが、その若者を見て、恋心が一気に芽吹くのだ。

原題は"Ladies in Lavender"   ラヴェンダーを纏った婦人たち・・・ラヴェンダーはクローゼットに入れる防虫剤の役目もあり、要するに樟脳の香りがするようなお堅い女性という事なのだと思う。
でも、人生に突然現れた美しい若者。
若者には想像もできないと思うけども、恋心に年齢は関係ないのだ。
そして、いくら「年を経た美しさ」とか言っても、それは人間としての総合力としての美しさであって
本能を突き動かす恋の対象は、圧倒的に若さが関係する。
艶やかな肌、コシのある髪、贅肉のない肢体、美しい首筋、力強い眼差し・・・・
それはいつまでも、黙って愛で続けることのできる崇高なオブジェだ。

名作「ベニスに死す」も美の化身のような少年に初老の男性が心奪われてゆくさまが、美しく哀しく描かれているが、この作品にも似通ったテーマがある。

結局、諦めなければいけないのだ。
恋心を隠し、「守る」とか「助ける」とか「応援する」という形でしか昇華できない。
恋を恋として全うする土俵にすら上がれなくなっていくのだ。
劇中「人生は不公平よ」と妹が呟き、ただ肯定する他ない姉がいる。
恋が、もっと早くに訪れていたなら、またはもっと自分が若かったならば。
人に恋するのは理屈ではない。そして年齢は関係ない。
でも、立場が違う。年齢の違うもの同士は違うプラットフォームに立って違う電車を待っている。
遠くから警笛を鳴らしあって、共鳴しあうことはあっても人生という同じ電車には乗れないのだ。
それでも、突然に恋は訪れる。

ところで、この映画を観たのは、フィギュアスケートでよく使われている楽曲がテーマ曲だから。
「ヴァイオリンと管弦楽のための幻想曲」
浅田真央さん、町田樹さん、そして今季は宇野昌磨さんがSPで演技している。
思えば、フィギュアスケートファンというのも決して手の届かない選手を国内外問わず応援に行ったりしてエネルギーは半端ではないものを感じる。
宇野昌磨さんのスケートは、人の心を揺らす魔力があってこの映画に出てくる若者のヴァイオリンのようでもある。
この曲を選んだ樋口コーチが映画を観て、そこまで深読みしたかはわからないけれども、美しい宇野選手と相まって、選手とファンの関係と同様のテーマだと思うのは勘ぐりすぎるのだろうか。

2016年11月14日月曜日

「6才のボクが大人になるまで」

だんだん肌寒くなってきた11月の午後、愛猫と一緒に2時間45分のDVDを観た。
映画館に行ったら満席で観れなかった映画「6才のボクが大人になるまで」
同じ俳優に12年間演じさせる半ばドキュメンタリーのような映画。とりわけ何が起きる訳ではないけれどある家族を軸に起こる物語を12年間追った、平凡で非凡な作品。

少年・少女が成長して18才=大人(アメリカではそうなんでしょうね。)になるまで、主に周りの大人、特に母親に翻弄されながら子供は育っていくしかない。
時に声を荒げたり、言葉少なく壁を作りながら。
イーサン ホーク演じる父親が良い味を出していて、離婚して子供から離れても常に見守り、言葉を与え、道筋を照らす存在であるのに救われる。
ミュージシャンという夢を追い求めていた父親は、新しい家族と共に生き、そのためにサラリーマンとなるのだが、そこに卑屈さや開き直りはなく、写真家を夢見る息子に対して、冷静でフラットな助言をする。
自己実現を果たし、価値ある仕事に就き、シングルマザーで二人の子供を育てた母親は、女性としての魅力や可能性もフルに発揮して新しい環境に子供を連れて行ったり逃げ出したりするのだが、私には同じ母親として逞しく、まぶしく、かわいらしく、悲しく映る。

終盤、母の涙に私は我が身を重ねて思わず落涙してしまったのだが、その後のテキサスの雲一つない広大な一本道を音楽を聴きながらほんの少しの荷物と共にピックアップトラックで町を出ていく息子の、軽やかな未来に胸が詰まる思いがした。そう、若者は振り返らず、親を置いて出ていく、その繰り返しをしなくてはならないのだ。たとえ母親の涙を見ても、振り返ってはいけない。

大学の寮に到着した夕方、知り合った友人たちと昔父親とキャンプした河に行く。
絶対的な自由、確信的な自分に対する自信、これから開ける未来に曇りはないと思える夕暮れ。
知り合いになった女子学生が言う。「チャンスをつかめ、ってよく人は言うけれど、私は違うと思う。チャンスが私たちを捕まえるのよ」

これは色んな解釈ができるのだと思うのだけれど、自尊心の確立や自己の核心を掴んだ人には向こうから好機はやってくるという巡りあわせを言っているのではないかと思う。
自分のスタイルが確立したらカチリと音を立てるようにチャンスはやってくる、自分が慌てて捕まえにいかなくても良いのだという、ある意味成熟した教訓のような言葉で締めくくられる。

先日、湖に架かる大きな虹を見た。
雨が降っているのに陽が差したら私は必ず虹を探す。
誰も、その豊かな虹を気にも留めない。
ある条件が揃えば虹が見れる、その心積もりが私に沢山の虹を見せてきた。
ふと顔をあげて、そこに虹があったら美しいと感じる人は多いだろう。
なぜ虹を見たいのか、それには理屈はないけれど
私はいつも虹を見る準備をしているから 虹が私を見つけるのかもしれない。




2016年10月21日金曜日

手ざわりコレクション

北浜で開講している彫金教室で、「子供の時、どんな遊びをしてた?」という話になった。
お絵かきは?ドレスを描くのが好きだった、お姫様より動物だったかなぁ。リスやウサギ、、合体ロボをパースも正確に描いてた男の子いなかった?今、なにしてるんだろ?建築家とか?スポーツカーを描いている子もいたよね・・・など。私自身はヒヤシンスを描くのが好きだった。細かい星型の花を一つ一つ描いて。あと、迷路。どこまでも続く道をうねうね描く快感・・・
粘土は?
やっぱり動物。あと人形・・・
粘土細工と聞くとある風景に行き当たる。実は鮮明に覚えている自分の幼稚園時代は粘土細工に関係する。

千葉県・市川市から東京都・杉並区に越してきた私は卒園まであと半年という微妙な時期に転園をした。当然、幼馴染みもいない。
当時流行っていた仮面ライダーごっこの仲間に入れて貰ってもショッカーの役ばかりだし、だんだんと自分の世界に引きこもり粘土遊びに夢中になっていった。
最初から具体的なものを象る気がなかった。
私はその幼稚園で渡された、薄いベージュでホワッと軽い粘土の質感に夢中になったのである。

毎朝、薄いブルーのプラスチックの粘土箱から固まった粘土を取り出す。
体温が伝わりだんだんと柔らかくなる粘土に爪を立てて、じっくりと捏ねてゆく。
最初は指先で捏ねていても、柔らかくなっていくにしたがって掌全体で立ち上がって体重をかけて力を入れた。
そこで、パスタの湯で具合をチェックするように、細く一本の紐状の粘土を作る。
それをゆっくりと割って、切断部分に薄く糸が引くか、または二つの切断部分を突き合わせてて粘土が糸のようにホワホワとするかを確かめた。そして充分と判断したら、本番である。

長さにして30cm、太さ直径3.5cmくらいの棒を作る。
それを少し掌でおして平たくしたら、薄い粘土ベラで慎重に割いていく。
上手に二等分できたら、尖った竹串で骨を描いていく。
そう、私はウナギに見立てた粘土を毎朝さばいていたのだ。
TVか何かでみたのか、母が魚を出刃包丁で三枚におろすのを憧れをもってみていたのか。
とにかく、「魚をおろす」という行為が私にはとてつもなくカッコよく感じられたのだ。
それは、千葉の幼稚園で使っていた青緑で油分の多い粘土では得られない質感だった。
粘り気がありながらもエアリーである、そして何にでもイメージを投影できるベージュ。

「先生、それ、幼稚園の先生、心配しませんでしたか?」
生徒さんに言われるまでもなく、転園生であるだけでも気を使ってくださっていた先生は
とても心配だったであろう。

園庭でも、私はひたすら「触り心地の良い土」を探した。
まず、しゃがみ込み態勢を整えたら両手をコンパスのようにスライドさせて、小石がポロポロある
表層部の土を除く。
硬い土だけ、と思われる層まできたら本番である。極優しく、そっと掌で撫でると微量に細かい土
だけが吸い寄せられるように付着して、徐々に溜っていくのだ。
それを小さな台形の山にふっくらと積み上る。
そして、その軽やかで湿り気と乾燥具合が絶妙に合わさった美しい山にそっと指先をさしてみたり、掌で押さえでその感触に夢中になった。
ある日、ふと気配を感じて顔を上げるとそこに先生の顔があってビックリした。
「ミカちゃん、お友達いないの?」と聞かれ「ううん、一杯いるよ」と喘ぎながら答えたのを鮮明に覚えているのは、恥ずかしさからだったのか。

実際、友達はすぐに出来たけれども、でもそれとこれとは別物だった。
自分の中の五感を研ぎ澄ます歓びは、一緒に鬼ごっこをする楽しさとは全く別種のものだった。

今も私は、重さや手触りの良いものを収集する。
柔らかい石や、ザラッとした金属の塊、すべらかな小枝・・・
手が喜ぶそのような物を慈しむ気持ちは 年を重ねても変わらないのだ。